何たる迷惑であることか!

独自の路線で生きています

ねほりんぱほりん「戸籍のない人」を見る

 帰り道、いつも使っている駅でこんな広告を見た。

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 「戸籍を持っていない人」へ、戸籍を得るための手続きを案内する広告だ。先週見たばかりの番組が思い出されて、つい撮影してしまった。

 

www.nhk-ondemand.jp

 

www.nhk.or.jp

 戸籍。それは、いわば「日本人であることの証明」であり、戸籍がない = 社会に存在していない ということになってしまう。戸籍がなければ保険証を持てない(なので、多くの場合適切な医療が受けられない)し、学校に通うこともできない。

 ほとんど基本的人権が剥奪された状態だと思うが、番組によれば何らかの理由で戸籍を取得することができなかった人が、全国に700人程度いるらしい。居るのに、居ない。透明な人々がこの日本には数百人も居るわけだ。

 

 番組に出演したのは、コウタさん(30代男性)と、ミユさん(30代女性)。

 コウタさんは、物心ついたときから「オカン」なる義母と暮らしていたという。オカンは実の母親ではなく、戸籍を取得させることも、学校へ通わせることもなかった。ただし、オカンはコウタさんを養育し、荒療治ながら社会性を身につけさせた人物であり、育児放棄の延長でコウタさんが無戸籍になったわけではないらしい。これがドラマなら、コウタさんは誘拐された子供で、オカンは子供に情が移ってしまい養育した。。。という三流な筋書きが当てられるところだが、オカンはすでに故人なので、コウタさんの素性は永遠に闇の中である。

 

 学校にこそ通わせなかったものの、養育者から社会性を叩き込まれたコウタさんに対し、ミユさんは徹頭徹尾「隠された子供」であった。

 ミユさんの母親は、激しいDVを振るう夫から逃げ、内縁の夫との間にミユさんをもうけた。しかし、母親の夫が離婚に同意しなかったため、ミユさんの出生届は役所に受け入れられなかった。ミユさんの存在は、戸籍システムの陥穽に陥ってしまったのだ。両親が揃った状態でありながら、ミユさんは無戸籍になってしまったのである。

 

 番組では、戸籍がないことで如何に不便か、ということが実例を挙げて語られた。虫歯が痛いのに保険証がないから歯医者へ行けない。仕方がないので虫歯を痛いまま放置する、という壮絶なエピソードであった。しかし、それ以上に私の背筋を凍らせたのは、「彼らが親以外の誰からも発見されることなく、社会から無視されたまま過ごさなければならなかった」という事実であった。

 

 素性が全くわからないコウタさんと比べて、実の両親が健在であるミユさんは、もっと早い段階で戸籍を得ることができたはずである。しかし、両親はミユさんに戸籍を取らせようとはしなかった。ミユさんが戸籍を得るためには、母親の夫と離婚をしなければならないが、母親にはどうしてもそれができなかったのだ。

 

 素人考えだが、ミユさんの母親が離婚のための行動を起こせなかった理由は、「DVによるPTSD」が原因ではないかと思っている。母親の夫は逃げる彼女へ刃物を投げつけるほどの凶暴な人間であり、母親は命からがら家から逃げたという。積み重なったDVの傷は深く母親の心を傷つけただろうし、夫のことを考えただけで心が壊れるような恐怖があった、ということは容易に考えられる。だが、母親が行動しないことで、ミユさんは30年間も家に隠れて過ごさなければならなかった。もし、母親のトラウマを理解し、配慮しながらミユさんに必要な手続きを行ってくれる誰かがいてくれれば、こんなことにはならなかった。トラウマが原因で、本来無関係のミユさんに課せられた負債はあまりにも大きい。

  

 番組終盤。ミユさんは裁判を経て、ついに戸籍を取得することができた。コウタさんは、戸籍こそまだ得られていないが、住民票を取得することができた。戸籍によって、長らく赤の他人であったミユさんの家族は「血の繋がりのある家族」になることができた。住民票によって、コウタさんは昼間の仕事へ正社員として働けるようになった。

 だが、彼らの失った時間、得られたはずの時間は、永遠に戻ってこないのだ。

 

 もし、当人たちだけではどうにもならない状況へ、第三者が介入してくれていれば。彼らがこんなにも長い時間、社会から無視され続けることはなかったのではないか。私にはそう思えてならないのである。