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川崎昌平「労働者のための漫画の描き方教室」を読む

 私が川崎氏に興味を持ったのは、Twitterで流れてきた「私の東京藝術大学物語」を読んだから。

 

 徒手空拳の若者が、超難関である東京藝術大学の入試を突破する話。絵描きを目指していた訳でも、美術系の予備校に通っていた訳でもない高校三年生が、自分のアタマと度胸一つで藝大に挑戦して勝利する姿が痛快だった。あと、自分も一応進学校の出身なので、漫画に流れる大学受験の雰囲気が何となく懐かしかった、というのもある。

 

 氏に興味を持ち、Amazonで著書リストを確認すると、「労働者のための漫画の描き方教室」というタイトルが目に入った。帯には「労働に心を殺されないために」と書かれている。この言葉に胸を射抜かれた。

 

 3月からの外出自粛と、突如始まった夫の在宅勤務。さらには子供の幼稚園が休園してしまってあらゆる育児サービスから切り離された。ただでさえ家事は重労働であり、一切の賃金は出ない。育児は言わずもがな、未就学児との生活は壮絶だ。家事も育児も、いくら頑張ったところで一日経てばやることは全てリセットされる。賃労働のように働いた分評価されて、給料が上がる訳でもない。この生活には積み重ねるものがない。

 その上、本業はコロナの煽りを受けて大きめの仕事が飛んでしまった。自分に原因がないことで給料が下がるというのは、凄まじいストレスだった。ゴールデンウィークの間、朝目覚める度に「起きたくない」と感じた。家事と育児の負担が一身にのしかかり、まるで地獄の回し車に乗っているようだった。止まったら死ぬ。でも、もう、走ることができない。。。

 社会的な要因が複合したストレスによって、まさに今、私は「労働に殺されそうに」なっていた。なので、迷わず購入して本書を読んだ。

 

労働者のための漫画の描き方教室

労働者のための漫画の描き方教室

  • 作者:川崎 昌平
  • 発売日: 2018/07/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

 届いた本の第一印象は、「分厚い」だった。なにせ、470ページもあるのだ。重さもずっしりと重い。本の佇まいだけ見ても、よくあるハウツー本とは違うことがわかる。

 

 数ページ読んでみて、「漫画の描き方教室」とありながらペンの持ち方や紙の選び方、背景の書き方などについての話は一切なく、ひたすら「表現についての思考」が展開されることに度肝を抜かれた。ページ数としては漫画部分と文章部分が半々くらいだろうか。確かに文章は多いが、画で訴える部分も多いため読みにくさは感じない。何より、文体から溢れる熱量に引き込まれて、読むのをやめられなくなった。

 とはいえ、労働でかなり精神が疲弊していたので、本書は一週間ほどかけて少しずつ読み進めた。

 

 読後の印象は、「労働に前向きになれた」である。とりわけ最終章の「労働できることに感謝する」という内容が良かった。

 

...労働が認められ、かつ労働者でいられる自分自身を認め、誇り、その状況をもたらしてくれた社会に感謝をしよう。お給料がもらえて、余暇に漫画を描ける...素晴らしい時代であり、素敵な社会である、と。

 

 この節が特に心に残った。地獄の回し車生活はしんどい。しかし、食べるものに不自由せず、雨風しのげる家もある。何より、家族がいてくれる生活は間違いなく感謝するべきものだ。本書はそれを教えてくれた。

 

 というわけで、今年のゴールデンウィークは漫画を描いて過ごした。

 

 

 絵は上手くないし、元気もあまりない、しかし今の状況は嫌だと思っている、表向きは労働に勤しんでいるように見えて内心は不満たらたらの、私のような腐りかけの労働者にはぴったりの本であった。

 

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