何たる迷惑であることか!

独自の路線で生きています

NHK「ノーナレ 元ヤクザ うどん屋はじめます」を観る

www.nhk.or.jp

 

 北九州の街は、ヤクザに蝕まれている。

 

 歴史ある城を保ち、にぎやかな市場があり、近代は製鉄と航運で栄えたこの街。去年、よその県から引っ越してきて最初に驚いたことは、交番にも警察署にもおどろしく貼られた「暴力団排除」のポスターであった。我が北九州市の警察署には「第五代△△会壊滅」の垂れ幕が夏中はためている。とりわけ夏祭りが近づく6月から、テキ屋をはじめとしてヤクザの活動が活発化する。それと連動して、県を挙げてヤクザの浄化運動が起きるわけだ。街にも路上にも、田舎の農道にさえ、警察官があふれる。

 県警のHPを見ると、通常の検挙情報に加えて「暴力団員検挙速報」の項目がある。「○○組系列の××会組員を道路交通法違反で検挙」と、一年を通して暴力団員の検挙情報が更新される。警察に捕まるのは何も三下ばかりでなく、結構な地位があるであろう幹部のことも多い。泣く子も黙るヤクザの幹部が、シケた微罪で警察にとっ捕まる。滑稽とも不気味ともいえる場面が、毎日のように繰り広げられている。

 不思議なことに、これほどヤクザの脅威が身近でありながら、市民は取り立ててヤクザを気にしている様子はない。繁華街に手榴弾が投げ込まれる事件があろうと、花火ではなく発砲音が響く夜であろうと、当たり前のように呑み込んで、市民は生活している。もはや市民の日常の裏側にべったりと、拭いても拭いても生えてくる黒黴のように、ヤクザは染みついているのだ。

 

 さて、そのヤクザがなんらかの罪を犯して刑務所に入った事をきっかけに、いざ組を抜けて堅気の仕事に就こうとしてみると---

 

 「おはようございます。よもぎうどんです」

 

 北九州市の中心部・小倉の商店街。新幹線駅から直結した通りは、パン屋に肉まん、喫茶店にドラッグストアとパチンコ屋、有象無象の飲み屋がごちゃごちゃとアジア的に並ぶ商店街。高齢化の波は避けられていないものの、昼間でもそこそこ若い人が歩いているのを見かける。現代日本では珍しくなった「活気がある」商店街である。

 

 いくつかある通りを曲がり、店と店の間に引っ込んだスペースに、元ヤクザの経営するうどん屋がある。

 「よもぎうどん だるま家」。よもぎを練りこんだ緑色のうどんに、牛の塊肉を浮かべた出汁で食べる。

 

 店主のナカモト氏は、湿気甚だしい北九州の夏でも長袖を脱がない。袖をまくれば、びっしりと極彩色の腕が覗くからだ。身なりには清潔感があり、穏やかに話す姿は知的に感じられる。だが、黒縁眼鏡の奥の眼は決して笑わない。

 

「私たちはあくまで元暴力団ですから、

マイナスからのスタート。

何をしたらそれが埋まっていくのか分からない」

 

 十代で勇みの世界に入り、そこから数十年裏街道を歩いてきた。何がしかの罪で検挙され、短くない期間刑務所に入った。刑務所を出て、堅気の仕事に就こうとしたが失敗。ベトナムへ渡り、友人の店で飲食業について学び、起業資金を貯めた。

 何故、刑期を終えて娑婆に出てきた元ヤクザが一般就職できないのか?そもそもヤクザには基本的人権がないからである。どうやって働くにしろ、金は必要だし住む場所も要る。しかし、暴力団対策法によりヤクザは銀行の口座が作れない。部屋を借りたくても、保証人の一人立てられない。弁護士を頼んでも断られる。「市民にとって怖いものは排除したい。たとえ憲法を侵してでも」この辺りの事情は、映画「ヤクザと憲法」に詳しい。

映画『ヤクザと憲法』公式サイト

 

 とりわけ福岡県は全国に先駆けて暴力団排除条例を制定しており、元暴力団員のうち、県警が就職を確認したのはわずか2%足らずという。残りの98%はどのような道をたどるのか。

 

 わたしらにはね、一般の人が行く職安とは別に、裏の窓口があるんですよ

 

 一度泥水に足をつけた身を社会は赦さない。あまりに長い時間、特殊な世界に居た後遺症で、一般社会の常識もない。もはや社会には馴染めない。結局、また裏稼業に就くこととなる。これでは社会がヤクザを再生産しているようなものである

 

電車に乗ったり、バスに乗ったり、してみたかったですよ。

羨ましいですね。ちゃんと会社勤めができて。

 

 ナカモト氏にせよ他のメンバーにせよ、好んでヤクザの世界に入ったわけではない。生い立ちの複雑さ、貧しさ、困窮が彼らを裏の世界へ追いやったのだ。そして自ら、壊し、奪い、犯す存在となってしまったよもぎを刻み、出汁を取り、注文を受けるその小指は、第一関節から先がない。社会の変化でタトゥーはファッションになっても、切り落とされた指は受け入れられない。

 そして、堅気の仕事で働くというのも楽ではない。オープン初日、50杯仕込んだはずの出汁が大幅に足りなくなり、せっかく訪れた客を泣く泣く断る始末。資材も、見積もりも、サービスも、何もかもが未熟。飲食店の薄い利益の中から、原材料費も人件費も店の借り賃も日々かさんで行く。それでも、店を毎日開けて、一般の世界で働こう、マイナスの溝を少しでも埋めようとする人がいる。

 

 幸いにして、「よもぎうどん だるま家」は連日繁盛している。美味しいうどんと、誠実な接客が受けているようだ。直接的な脅威としてヤクザの被害を受けている市民から、元ヤクザが開くこの店は、実際に受け入れられている。いつの日か、ヤクザのしがらみを誰もが忘れ、ただの美味しいうどん屋としてこの店は商店街に溶け込む日が来るのではないだろうか。その日が早く来るのを願ってやまない。

 

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 誰でも過ちを犯す。そこからどう立ち上がるかが問題なのだ。