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何たる迷惑であることか!

独自の路線で生きています

横浜の蒼

今週のお題ゴールデンウィーク2016」

 

 

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 港の見える丘公園より。横浜市の子供は、必ず社会の授業でコンテナとタンカー、積荷を運ぶクレーンについて学ぶ。海と空と巨大人工物のコントラストは、横浜ではあまりにありふれた光景だ。

 

 神奈川に生まれ、中でも横浜市で育った私であるが、信じてもらえたことは一度もない。ひとは他人の顔に見たいものを映すもので、きっと私にはおばあちゃんのぽたぽた焼き的な砂糖醤油の香りでも纏っているのであろう。名実ともに都会で育ったというにも関わらず、いつまでも垢抜けない。育った場所、見てきたものはどうあれ、幸か不幸かいなかものの顔に生まれついたらしい。ひとに警戒心を抱かれないので楽ではあるんだけどね。

  

 横浜といえば、市歌に「苫屋のあかり」の歌詞があるくらい、江戸時代までは半農半漁の貧しい村で、誰からも注目されない空白地帯だった。それが、黒船来航で無理に開いてからというもの、中心地に近いことも相まって、近代日本では大きな地位を占めることとなった。野心を持ってのし上がってきたわけではなく、幸運が転がり込んでこうなった。棚ぼたのような僥倖を感じる歴史である。

 

 街の歴史ゆえか、横浜という街は間違いなく都会ではあるものの、不思議に身構えるところがない街のようだ。東京へのコンプレックスは存在しないし、田舎特有の密着性もない。しかし、都会っ子と言われると少し反発する。橋ばっかりの東京とは違う、歴史はあるけどお仕着せの、横浜にはドライだけれど気さくな顔があるように思う。

 

 大学入学で一度離れてから、就職・結婚でまた戻ってきてからというもの、横浜はどんどんと姿を変えていく。むかし、相鉄線とJRの駅は繋がっていなかった。少し前まで元町・中華街駅なんてなかった。桜木町はもっと裏ぶれた街だった。クイーンズスクエアは、、、あったな。横浜駅西口はドンキホーテとラブホテルが取り残されたまま、年を追うごとに整頓されていくように思える。路地裏と湿気、生ゴミの猥雑さが失われていく。

 

 綺麗になっちまってまア……という感じ。

 

 パートナーの誕生日なので、パシフィコ横浜の近くのレストランでランチを摂った。

 

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 前菜。豚のレバーペースト、牛タンのゼリー寄せ、海鮮と大麦のサラダ、鴨肉のロースト。鴨肉の旨みが濃厚。

 

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 ハーフパスタ。白いんげん豆と豚肉のフリッジ。生パスタらしく、もちもちした食感が快い。

 

restaurant.ikyu.com

 

 どうでも良いのだけど、このレストランはオーシャンビューなので、店の前に海を見に来る人がよく通りがかる。海を見る人は、きっとそれぞれに想いを持って遠くを見ているのだろう。いるのだろうが、レストランの窓から引いて見ると、全員が全員同じポーズ取っててすごく面白い。人間、黄昏る時はポーズが似るんだネ

 

 ランチの後は、腹ごなしに元町界隈を散策した。

 

 お目当は、横浜パン屋の老舗・ウチキパン。

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  ミュシャ風のパン袋がお気に入り。この日は山型パンの「イングランド」を購入した。

 

r.gnavi.co.jp

 

 ウチキパンの脇から坂道を登っていくと、横浜外人墓地が目に入る。今日は一般公開の日で、中韓から来たらしい観光客が物珍しげに墓石を眺めていた。

 

 強い海風を受けつつ坂を登りきる。

 

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 雨風で埃の落ちた青空に、白い橋が良く映える。これが、私の知っている横浜。わたしの故郷に山河はない。生まれ育った街はどんどんと姿を変えていく。街は心のよすがにならない。それでも、幼少に見た光景だけが、わたしの「ふるさと」である。

 

 横浜に居られるのも、あとひと月を切った。

 

 次はどこに行くのだろう? どこにいても、吹く風は同じ。