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【書評】借金玉「発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術」を読む

 

発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

 

 

仕事ができない社会人のために 

 「就職は、発達障害のあぶり出し」とはよく言ったもので、就職すると面白いくらいに、職場へ適応できる人・できない人が選別される。学校生活では目立たなかった個性が、ある種の職場では致命的な欠点となりうる。例えば、人付き合いで読むべき空気が読めなかったり、書類の穴が自分だけ見えなかったりする。苟も発達「障害」なので、先天性の欠陥であり、後天的な努力で改善できる余地は少ない。どれだけ努力したところで、できないのだ。そして、彼らの抱える困難は目に見えない。埋めることのできないずれにより、本人と周囲には、苦痛と困惑が振りまかれ続ける。

 みんなができることが、なぜか自分だけできない。自分が無能なせいで、多くの人に迷惑をかける。誰も責められない。こうして、上司ガチャに外れて病むのとはまた異なる次元で、仕事ができない人間は壊れていく。

 

 書いている自分も、診断こそされていないがもちろん発達に問題があるタイプの人間である。例えば、私は毎月初めに提出する交通費精算の書類を、3年間一回も不備なく提出できた試しがない。それほど難しい書類ではないのに、なぜか必要な内容を書き漏らしたり、押印を忘れるのである。決して同じミスを繰り返したい訳ではない。むしろ、ケアレスミスを誰よりも憎んでいる人間のはずなのに、なぜか自分が書いた書類の不備を認識できないのである。詳細は省くが、こんな人間が桁一つずれれば命が掛かる、金融業界のSEをやっていたのだ。業界にも本人にも不幸でしかない。

 

 さて本書。本書では、発達障害が故に生じる職場とのギャップを、「工夫で改善できるもの」と「潔く捨てるもの」に分けて考える。

 「工夫で改善できるもの」について。例えば、発達障害を持っている人は睡眠が苦手な場合が多いとされる。眠れないから、起きられない。しかし、就業時間には這ってでも出社しなくちゃいけない。その場合、著者は「枕元から少し離れた所に飲み物を置いて、目覚ましが鳴ったら取りに行く」というライフハックを提案する。

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 イラストがカワイイ

 

 逆に「潔く捨てるもの」について。衝動性が高く、注意力に欠けるタイプの発達障害者は、とにかく物を失くしやすい。大事なものもそうでないものも、他に気を取られた瞬間にどこかへ消え失せてしまう。そのような特性について、著者は「物を無くさないようにするのではなく、大量にスペアを用意して対抗する」策を提案する。物を無くさない努力を辞めて、物はなくす前提で現実に対抗するのだ。できないことをやり続けることほど、人間を消耗させるものはない。著者はそれをよく知っている。

 

 いかに障害の困難さを取り除き、何とか社会生活をやり過ごすか。実践の中に哲学がある、良い本であると思う。部族の話とか、新卒入社する前に知っておきたかったなー

 

職場のミスマッチについて

 著者は、重いADHDを抱えながらも就活を突破し、メガバンクへの就職を勝ち取る。が、銀行の企業風土や必要とされる資質が著者には全く合わず、わずか一年で退職へ追い込まれることとなる。その後、起業して一時は成功するも、内側から会社が崩壊して破滅。長い鬱を経て再起。雇われ営業職の傍ら、ついに文筆業で成功した。少し書いただけでも凄まじい経歴の持ち主である。

 

 新卒で就職したメガバンクはいわばサラブレッドの養成所であり、「単調な仕事を正確に、いつまでも行う」ことが是とされてきた。だが、著者の性質を考えれば、間違いなく彼はサラブレッドではない。著者は、ここ一番の集中力と攻撃力で勝負を勝ち取る肉食獣だろう。例えるなら、サラブレッドの厩舎にヒグマが入ってしまったようなものだ。ヒグマは獲物を見つけなければそもそも走れないし、長く走り続けることもできない。爪も牙も、厩舎では怖がられるだけだ。それは持って生まれた個性であり、ヒグマの責任ではない。(このとき、ヒグマがサラブレッドを食べるのでは、という問題は考えないこととする)

 しかし、サラブレッド達が苦もなくできることを、どうやってもできないヒグマは悲しいだろう。努力をしない存在なんていない。頑張って頑張って、それでもできない、という現実は心を深い部分から破壊していく。

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ヒグマはサラブレッドになれない 

 

 著者のすごいところは、その後の起業や雇われ営業職を通して、自身の強みを最大限に生かす仕事ができた点である。著者の異常な集中力と誠実な姿勢は、強く人を惹きつける魅力となりうる。サラブレッド養成所では上手くいかなくても、「肉食獣ギルド」ならヒグマは輝けるのだ。

 

 まさに七転び八起き。人生の壁に何度もぶつかって、血を流しながら掴んだ著者の言葉には、得も言われぬ生命力がある。新年度が始まってそろそろ1ヶ月。新社会人にとって一番長く感じられるであろうこのときに、ぜひ読んでもらいたい一冊である。

 

蛇足 

 一点気になるのは、著者の独特の文体を最大限生かした結果、「マクる」「クソデキ」などの独自の単語が校正されずにそのまま文章に残っていることである。

 あえて直さなかったのだろう。私は著者の文章のファンなので、独自の単語も何とか意味は取れるし、表現も心地よいが、それはそもそもWebで著者を知ってる読者だから、という面がある。

 本を出したことで、Webで著者を知らなかった人にもこの本の内容を読んでほしいし、そのためにはもう少し読みやすい文章にする必要があると思う。

 例えば、ジビエを脱臭しまくって家畜肉と変わらない味にしたらジビエの魅力は失われてしまうけれど、抜くべき血は抜き、適切にスパイスを使うことで美味しいジビエ料理は完成する。編集さん、その辺りよろしくお願いします。