【書評】詩野うら「有害無罪玩具」を読む
2月12日、待望の「有害無罪玩具」が発売された。どうしても本屋で買いたかったので、わざわざHonya Club.com(ホニャクラブではありません!)で予約をして、地元で一番大きな本屋へ届けてもらった。1時間に1本しか来ない片田舎の電車に乗って、寒空の下本屋へ出かけていった。
Kindle版もあるが、この作品はどうしても紙で欲しかった。インターネット発の作品でありながら、紙の匂いがする作品というものがこの世にはあるのだ。
販売停止になったおもちゃだけを集めた博物館の話---「有害無罪玩具」
止まった時間に閉じ込められた人の暇つぶしの話---「虚数時間の遊び」
永遠の存在である人魚の話---「金魚の人魚は 人魚の金魚」
お盆に水になって還ってくる人の話---「盆に復水 盆に帰らず」
ネットで公開された3作品に加え、書き下ろし作品を蒐めた一冊。
非凡なアイデアと、それを漫画の形で具現化したSF作品。Twitter経由でチラシのウラ漫画にハマり、どの作品も暗記するほど読んだけれど、本ではまた新たな発見がある。
未来を予見するメガネを掛けたら、人間はどうなってしまうのか?
永遠の時間に、自分一人だけ閉じ込められたら、どうやって暇をつぶすか?
何も考えないし感じない、そして死もない身体を手に入れたらどうなるのか?
この本を読むと、日頃鈍りがちな想像力が、久々に羽を伸ばすのを感じる。特に好きなエピソードが「金魚の人魚は人魚の金魚」。私は永遠の存在ではないので、金魚の人魚の気持ちはわからないけれど(そもそも金魚の人魚に気持ちはないけれど)、彼らがもし現実にいたとしたら、崇めたくなる人類の気持ちはわかる。想像は果てしなく広がり、それでいてとても静かだ。淡々と物語を進める静けさが、この本にはある。
これは憶測なのだが、作者の方は東北と縁があるのではないだろうか?漫画の背景から、東北の夏に吹く、蒼い風を感じてならないのだ。
作品とは関係ないが、少し気になったこと。「虚数時間の遊び」において、夜の風景写真が作品に挿入されているのだが、紙に印刷されると真っ黒に潰れてしまって見辛いのが気になった。もともとネットで公開されていた時は、この写真群が作品の雰囲気と相まって実に良い効果を生み出していたので、それが失われたのはちょっと残念である。Kindle版だと、もっと綺麗に見えるのだろうか?
チラシのウラ漫画が好きな人は、ぜひ本も買って読もう!
本を読んだ人は、サイトに公開されている作品も併せて読むといいよ!
本の最後のページ。良かったなあ。。。