何たる迷惑であることか!

独自の路線で生きています

西原理恵子「毎日かあさん」最終巻を読む

 

 「恨ミシュラン」からのサイバラ漫画ファンである。

 正確には、父がサイバラ漫画のファンなのである。私の父は西原理恵子が「女無頼」と呼ばれていたデビュー当時からずっとサイバラ漫画を追いかけている。「恨ミシュラン」をきっかけに、 「できるかな」「まあじゃんほうろうき」から「とりあたまニュース」「画力対決」まで、基本的に新刊が出るたびに買っている。氏が2児の母になって「毎日かあさん」が始まった時、「西原も母になって作風が変わってしもた」と言いながら「毎日かあさん」も全巻揃えている。実に理想的なお客さんである。

 

 さて、16年続いた「毎日かあさん」も最終巻。発売日当日に買いたいがために、街でいちばん大きな本屋へ行った。(九州の中でも田舎住まいなので、新刊が発売日に到着する本屋など片手で数える程度しかないのだ) 東京暮らしの父は早売りを買ったという。こういう時だけ出版社が物理的に近い都会が羨ましくなる。

 

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誰かが犠牲になっての幸せは保たないよ

 

  結婚し、自分の家庭を持ってみると、驚くほど「誰かの犠牲」の上に家庭生活が成り立っていることがわかる。食べている皿は誰が洗ったものか?カーテンは誰が開けて、誰が閉めているのか?寝たきりの親の介護は、誰がしているのか?享受だけしているうちは、裏側の努力などわからないし、気づきもしないものなのだ。そして、顧みられない数々の努力は、顧みられないままに悲しみを醸成し、いずれ爆発する。誰かに犠牲を強いて、我慢で押さえつける生活は、絶対に保たない。

 

「うち解散したの」

ある日仲良しママ友が急にこう言った

 

「こんな事は昔なら我慢しなきゃいけないんだろうけど」

 

もう命令されたくもないし 叱られたくもないのよ

 

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 「いいことしたと思うよ」

 

 

結婚してお互いいろいろあったって 相手に心無い言葉を投げちゃいけないんだって」

 

 

「息子さん達の未来の家庭のために いい事したと思うよ」

 

 

 離婚を経験した母親は、必ず罪悪感に苛まれる。「自分が我慢していれば、離婚する事はなかったんじゃないか」「自分が離婚したことで、子供に辛い思いをさせてしまって申し訳ない」こんな思いを抱かない母親は居ないだろう。しかし、氏は母親の抱く罪悪感を完全に否定する。「将来、子供たちが築く家庭で同じような悲嘆を繰り返さないためにも、離婚は必要なことだったんだ」「いいことしたと思うよ」。そっと励ます。

 

 

女子生徒が妊娠して学校をやめる時

 

「母子家庭こそ資格がないといかん」

「子供を背中に背負って勉強できる資格がこれじゃ」

 

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「先生からの最後の宿題やからな」

「必ずやってな」

 

いい先生は、たくさんいる 

 

 高校以下に所属する女子生徒が妊娠すると、その大半が学校を中退する。体調の変化によって安定した登校が難しくなったり、そもそも妊娠する前から学校生活に不適合を起こしているケースもあるが、多くは「妊娠・出産に伴って周囲と同じ行動が取れなくなること」を「大きな瑕疵」と考える社会の雰囲気に呑まれて否応無く退学を選ぶケースが多いのではないだろうか。この意識は、高校などの教育機関が率先して持っているだけでなく、生徒の親、そして生徒自身にも深く内面化している。実際、内閣府の資料「高校中退者の家族形成」にも以下のような記載がある。

 

現在、妊娠した生徒に対し、自主的な退学を促す高校は少なくないと考えられる学校の社会的な役割を考えるとき、若年での妊娠が貧困の再生産につながらないように、妊娠・出産しても学び続けられる環境をつくっていく必要がある高校側の意識改革とともに、福祉機関と学校が連携を強め、こうした生徒を支えられるようにすべきであろう。そして、より根本的な取組として、望まない妊娠を減らすための中学校や高校における性教育が重要である。

 

内閣府「高校中退者の家族形成」 8ページより

 

 生徒を守り導く立場にある高校が、積極的に妊娠した生徒の自主退学を促しているというのだ。いわば、学校が社会のレールから生徒を蹴落としている構図である。そして、一度レールからドロップアウトした人間に社会は賃労働で報いる事がほぼない。日本のひとり親家庭貧困率はなんと54.6%。ひとり親家庭の半数以上が、働いても働いても報われることのない貧困に陥っている。

 一般に、高校に休学制度は存在している。妊娠・出産の期間は休学し、子供を保育園に入れて母親は高校へ復学し、高卒資格を取って働き出す、ということは理論的に可能である。しかし、そのような動きを認めない流れが社会には厳然と存在する。この状況をどう打開するか。

 ここで役に立つのが、資格なのである。資格があれば、時給の高い仕事に就ける。解雇されるリスクも無資格に比べれば減るし、より高い資格を取ってさらにキャリアを積むことも望める。

 教育の中途で妊娠し、結婚も望めない。学校は辞めざるを得ない。(ほんとうは、妊娠した程度で学校を辞める必要がなくなればいいのだが)後ろ盾の無い母子家庭にこそ資格は必要なのだという事を、漫画の「工業高校のおじいさん先生」はよくわかっている。そして、現実的に社会で戦っていける手段を提供する。これが教育の真髄であると私は思う。きっと、このような志を持った先生は、世の中に多く居る。いい先生は、たくさんいる

 

 

「私らのばあちゃん母ちゃん みんなすごい怒ってたねえ」

自立するチャンスも知識も無いまま、ただもう怒ってた

 

 

私の母はいやな目に遭っても文句言うだけで

私は逃げることしかできなくて

 

 

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「怒りながら、作った料理のおいしいとこ 必ず子供にくれた」

 

そうやって、母親からのたすきはちゃんと代々つながってると思う

 

大きく変えることは出来なくても 少しずつ良い方向へ

 

 貧困も虐待も、放っておくと連鎖する。生活の余裕のなさは容易に弱いものへ向くし、 誰だって自分の育った家庭しか知らない。殴られて育った子供は、大人になって暴力を正当な躾と思い込む。しかし、無意識にあるそれらがおかしいこと、と気づけるのも大人なのだ。貧困も虐待も、気づいた時から連鎖を断ち切ることができる。「大きく変えることは出来なくても、少しずつでも良い方向へ」将来の世代を導くことはできる。

 「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば多くの実を結ぶ。」過去は変えられないが、未来は変えていける。現にいま、良い方向へ変わっていっている。それこそが、人間の生きる意義と思う。

 

***

 

 父はサイバラ漫画の大ファンだ。でも、何故好きなのか言葉にして語ったことはない。言葉にされたことはないけれど、私には理由がわかる。貧困のどん底、人間の悲嘆のど真ん中をもがきながらも、溢れる太陽のような生命力。その輝きが、サイバラ漫画の魅力なのだ。

 

 

毎日かあさん14 卒母編

毎日かあさん14 卒母編