読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

何たる迷惑であることか!

独自の路線で生きています

新卒入社1ヶ月で片耳が難聴になった話

 ざっくり言うと

・就職のストレスで難聴とめまいを発症した

・耳鼻科で貰った大量の薬を飲んだら治った

・就職や引越しなど、ライフイベント上で大きな変化がある時は健康に気をつけよう

 

 

経緯

 今から4年前。大学院を卒業して金融系IT企業で働きだした私は、入社した次の日から社内研修を受ける日々に放り込まれた。研修の内容は、朝から晩までプログラミング課題(なんと学ぶ言語はCOBOL!!!)をこなすこと。スマホもパソコンも身近にあったとはいえ、プログラミングは完全に未経験だった私にとって、もはや古代言語レベルで融通が利かない言語であるCOBOLと格闘するのは辛かった。その上、行きも帰りも満員電車に乗らなければならず、それまで田舎の大学でのんびりした日々を送っていた身には、通勤のストレスが大きくのしかかった。入社してすぐの新人研修の日々は、とにかくしんどい毎日だったことを覚えている。

 

 そんなこんなで怒涛のような4月も終盤に差し掛かり、今日出勤すれば次の日から連休に入れるというある日。朝起きると、いきなり天井が回る感覚に襲われた。めまいの発症である。

 どこを向いても視界がくるくると回って、足元が定まらない。遊園地でコーヒーカップに乗って降りた時のような、かなり激しい回転を全身に感じて、思わず床にへたりこんだことを覚えている。幸い、しばらくしてめまいは収まったため、出勤はできた。首を傾けるとぐらっと視界が傾く症状が残っていたが、気にしないことにした。そのまま連休に突入し、当時は彼氏だったパートナーと旅行に行ったりして楽しく過ごした。旅行中は症状が起きなかったのでめまいのことは忘れていた。

 しかし、連休明けに出勤して、研修を受けている間、どうにも耳の聴こえ方がおかしいことに気がついた。研修を受け持つ講師の声は聴こえるのだが、やけに声が小さく感じる。教室で、同期に話しかけられても声が聞こえにくい。音が反響せず、くぐもってしまう。まるで水の中にいるかのようだ。極め付けは、後ろから何度か声をかけられていたのに、全く気がつかなかったこと。さすがにおかしいと思い始めた。自分の何かがおかしくなっている。だが、何がおかしいのかのかわからない。ネットで調べるとめまいは耳鼻科の領域らしいが、果たしてこの程度のめまいで医者にかかっていいものなのかわからない。耳だって完全に聞こえないわけではない。そんな時、Twitterか何かで流れてきた以下の記事を読んだ。

 

ameblo.jp

 ミュージシャンのスガシカオさんが、ストレスから突発性難聴を発症したことを公表したブログ記事だ。この記事自体は私が入社する少し前のものだが、記事を読んで「ストレスが聴覚に影響する」ことを知った。それで、自分は耳が悪いのかもしれない、と考えた。

 昔からちょっとした不調を感じるとすぐ医者に行きたがるビビり症なので、耳鼻科に行くことは全く抵抗がなかった。研修が終わった夕方、最寄りの耳鼻科に行った。「めまいがして、耳が聴こえにくいんです」と伝えると、めまいの程度を調べる眼振検査と聴力検査を受けることとなった。眼振検査は、特殊なメガネを掛けて首をぐるぐる回すのだが、私の場合とにかく検査師さんの力が強く、強引に首を回すので、首が痛くてたまらなかった。聴力検査は特に何の不便も感じずに終わった。

 そして検査結果。「左耳の聴力が悪くなっています」「特に低音部が聴こえていないようです」

 

 ……え?? めまいはとにかく、聴力が悪くなってるんすか???  

 

 医師の話によると、めまいと聴力低下の原因は、内耳のリンパ液の流れが滞り、むくむことで起こる「メニエール病」とのこと。

inoue-jibika.jp

前述のスガシカオさんが患った突発性難聴とは機構が違うものの、ストレスが原因で発症するところは似ている。

 その後、処方箋を持って薬局に行くと、大量の薬を出されて(診察料より薬代の方が高かった)、薬を飲んだら難聴もめまいもきれいに治った。聴覚器は放置すれば取り返しのつかない事態になりうる器官であり、早めの受診が功を奏したのだった。よかったですね。(経緯・完)

 

 当時は症状に振り回されるばかりで、何故ストレスから不調に陥ったのかよくわからなかった。そもそも、何がストレスになっているかさえわからなかったのだ。しかし、時間が経ってから振り返ると、多くの発見がある。

 

ライフイベントに伴うストレス

自分でできる対人関係療法

自分でできる対人関係療法

 

 

 「自分でできる対人関係療法」によれば、人間は生活において何らかの変化(引越し、結婚、就職、昇進など)を経験すると少なからずストレスを感じる生き物であり、ストレスに無自覚でいると心身の健康を損なってしまいかねない、とされる。人間は本質的に変化に弱い生き物であり、変化を乗り越える時は慎重に行動する必要がある。

 しかしながら、変化=ライフイベントによってストレスがかかることに気づいている人は少ない。以下の表に、結婚のストレス度を50とし(基準値)、ライフイベント別に測定したストレス度を示す。

f:id:kinaco68:20170312203232j:plain

 ストレス度第1位は、配偶者の死(100点)。2位には離婚(73点)、3位には別居(65点)と、配偶者の存在が如何に精神の健康に大きく影響しているかがよく分かる。また、転職(18位・36点)や引越し(32位・20点)などわかりやすいものから、妊娠(12位・40点)、仕事などの成功(25位・28点)のように一見「良いこと、おめでたいこと」とされる事項であっても、ストレスは感じるものであることが分かる。つまり、良いことだろうが悪いことだろうが、何か変化があれば逐一、人間はストレスを感じるものなのだ

 

 さて、ストレスでめまいと難聴を発症してしまった時期の私が遭遇したライフイベント(下表赤枠内)と、ストレス度は以下のようになる。

f:id:kinaco68:20170312205214j:plainストレス度は、

  1. 家庭の不和 35点
  2. 大学院の卒業 26点
  3. 住居の変更(一人暮らしの学生アパートから実家で家族と同居) 20点
  4. 社会活動の変化(学生から社会人へ) 18点

 上記の要素を合計し、35 + 26 + 20 + 18 = 99点。ストレス度の1位が100点なので、相当なストレスを感じていたことになる。

 

図解

 当時の状況を図に表すと、こんな感じになる。

 

f:id:kinaco68:20170319204638j:plain

 ここに一人の人間がいる。多くの短所と僅かばかりの長所を持ち、様々な制約に縛られながら生きている。

 

 

f:id:kinaco68:20170319204639j:plain

 大学院生のとき:親からの仕送りを受けながら、アパートで一人暮らしをしつつ研究生活を送っている。

生活リズムは一定していないものの、毎日徒歩10分の研究室に通っている。

友人は少なく、優秀な学生とも言えないが、自分のペースで研究を進められるし、特に大きな障害はない。

恒常的なストレスがあるとしたら、発表の締め切りくらいだろうか。

 

 それが、大学院を卒業して社会人になると一変した。

 

f:id:kinaco68:20170319204640j:plain

 親からの仕送りはなくなり、実家で親との同居が始まると共に毎月の家賃を入れるようになった(住居、経済基盤の変化)。

生活リズムは9時〜17時に固定され、週5日勤務を強制された(生活リズムの変化)。

そして、他人が強制するペースで慣れない研修に忙殺された。(身分の変化)

 これだけでも相当大きな変化である上に、当時、私の家族は末期的な介護問題に直面しており、家庭はほぼ崩壊していた(家族との不和)。

時間と金と手間を費やせば費やすだけ消耗する介護の現実に加え、介護によって仕事を辞めざるを得なかった父は、新卒で入社を果たした娘に対し嫉妬心を抱いていたらしく、事あるごとに私へ辛く当たった。当たるのは態度だったり、物だったり、暴力だったりした。

(ちなみに、退職した父親が仕事をしている娘へ嫉妬する事象は他の家庭でもよくあることらしい。キャリアを積みたい女性は、たとえ家族であろうと、仕事を退いたり、仕事に就けなかった相手からの嫉妬から逃れられないのかもしれない)

 

まとめ

 これだけストレスがかかってれば、耳も聞こえなくなるわな。と、今なら思える。

 ただ、当時は自分がそれだけのストレス=問題を抱えていることがわからなかったのだ。

 

f:id:kinaco68:20170319204641j:plain

 

 この絵のように、よくわからない何かによって自分の魂が踏んづけられている気がしていた。

 まさか自分と家族が不和に陥っているとは思わなかったし(父を怒らせる自分が悪いのだと思っていた)、介護問題が身内のしがらみとプライドに因る不条理に満ちており、少し工夫すれば解決できる要素がたくさんあることにも気付かず、言語化できない、モヤモヤとした苦しみにただ耐えるしかなかった

 これは誰でも同じようなものなのかもしれない。渦中にいる人は、洗濯機の中で振り回されているようなもので、何が問題か・何が解決できるのか・何が手放すべきなのか、見極めることができないのだ。

 

渦中にいるあなたへ

 今、まさに渦中にいる方にお伝えしたいこと。それは、何でもいいから助けを求めることだ。身体に変調を来すほどのストレスは、だいたい複数の問題が積み重なっている。とりわけ大きな割合を占めるのが家族との関係(血のつながりだけじゃない)だが、これは軽視されやすい上に「恥」の文化も重なって、問題が表面化しにくい。

 しかし、よその目から見れば、ひとの家庭の異常さはよくわかる。大きな渦に巻き込まれていると思ったら、実はコップの中の嵐だったのかもしれない。辛いなら、まずは信用ができる誰かに相談してみること。誰かがいなければブログでもツイッターでもいい。

 とにかく、問題を白日の下に晒してやることだ。そこから思わぬ解決口が見つかるかもしれない。

 

 やっていきましょう。