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何たる迷惑であることか!

独自の路線で生きています

最近読んで面白かった本など

日常

 北九州に住み始めて半年以上が経った。半年も棲むと大体暮らしが安定してくる。

 例えば、昼間電車に乗っていると、体にカラフルなお絵かきをしたおっさんが座っている光景が普段の日常として受け入れられるようになった。夕飯時に、台所の湯気に交じってパトカーのサイレンが聴かれるのも普通のことだし、福岡県警の検挙情報は毎週大量に更新される。図書館に行くと、この地域の蔵書は微妙にジャンルが偏っている有様を目の当たりにする。民事・刑事事件を扱った蔵書がやたら多いだけでなく、「獄中にて」「ある犯罪者の手記」的な塀の中の話に関する書籍のために棚が一つ埋まっていることがある。おそらく、民事/刑事事件に巻き込まれてしまった以降のことも考えて人生設計するのがこの土地の流儀なのであろう。これも土地柄なのだろうか。そして、はじめて遭遇した時こそ驚いたものの、次の瞬間には既に風景の一部となる。人間の適応能力は我ながらすさまじいものだと感じる。

 

 これでも当初は抵抗した。例えば、カラフルなお絵かきおっさんに出会ったのは真夏であった。おっさんは浴衣を着ていて、寛いだ胸元からお絵かきがはみ出していた。絵柄が鯉であることから、おっさんは熱心なカープファンなのではないかと思った。カープへの愛情が溢れすぎて、ついに肌にまでカープを刻んでしまったのだ。しかしここ福岡はホークスの本拠地である。セパの隔たりはあれども、敵の陣地。シーズン中はどのスーパーでも流れる鷹への応援歌。いわば逆風吹き荒れる最中において、それでもカープ愛を貫きたいがために、確固たる意志をもっておっさんは浴衣の胸を自らはだけているのではないだろうか。世界一嬉しくない御開帳である。世界一嬉しくないが、おっさんのカープ愛は理解できる。過剰な愛が迸るからこそ浴衣の胸元がはだける。愛ゆえの御開帳なのだ。だが、おっさんの鯉は青色だった。青地に黒、稀に白を加えた絵針がきっかりと肌の深い層に刻まれていた。カープと言えば赤い鯉である。おっさんの鯉は青い、カープの鯉は赤い。残念ながら、おっさんは身を張ったカープファンではないことが証明された(Q.E.D)。

 

 これは偏見ではない、事実である。繰り返す、これは偏見ではない。

 

 こんにちは、わたしです。

 何の話だったか。最近読んで面白かった本の話ですね。

 

【アンドロイドは人間になれるか】

アンドロイドは人間になれるか (文春新書)
 

  人間にそっくりなロボットや、自分で考えてコミュニケーションを取れるロボットなどを生み出している石黒浩博士が語る、アンドロイドの居る未来の話。博士が作るアンドロイドは「不気味の谷」を越えているので、人間の認知能力では同じ人間(でもよく見るとちょっと違う)にしか見えないのだ。

 例えば「美しすぎるアンドロイド・ジェミノイドF」を造り、人間以上に信仰を集めたり、一見してぎょっとする見た目の「テレノイド」(本当に気持ち悪いんですこれ)がコミュニケーションの円滑化に役立つことを発見したり、ロボットが生活の中に当然の存在としてある社会を描く。

 マツコロイドのような人間そっくりのアンドロイドと生活する実験をしたところ、生身の人間よりも濃密なコミュニケーションが可能となってしまった事象(むしろ人間なんかいらない!)、前述のジェミノイドFに罵り言葉をプログラミングし、自分を罵倒させたところ得も言われぬ快感を得た事象(コッペリウスかと)、自分と寸分違わぬ見た目のアンドロイドが、アクシデントで電源が抜けてしまい、ぐったりと横たわる姿を見て自らの死を想起する、など描写される事象は、SF小説よりも不思議な世界である。

 もともとは画家を目指していたという石黒博士。その振る舞いは科学者というよりはアーティストのそれに近い。発想が奇抜なのは当たり前、いわゆる「生理的に無理」な事案だとしても、偏見は一切持たずにチャレンジする。一度やると決めたことは絶対にやる。この人には天井がない。アンドロイドが障碍者のセックスを充実させる一助になりうると唱える話もあり、最初は「げっ」と感じてしまう、いわば世間が見ないふりをしている部分にも臆せず切り込んでいく。石黒博士は「自分が人間を理解するために」ロボット研究をしているというが、ロボット以上に面白いのは博士本人である。こんな人の下で研究ができたら退屈はしないだろうな。

 

国家の罠

  「国策捜査」により無辜の身で逮捕、投獄されてしまった外交官のヒルクライム・サスペンス。「羅生門」ではないけれど、逮捕する方もされる方も両者に正義があるため、結局のところ真相はわからない。ただ、文中の随所に著者の造詣が溢れており、文学的な側面からの読みが面白かった。著者は外交官=各国の情勢を探る国家の雇った情報屋である。例えば、情報屋の作法には虎の如く待ち伏せした相手を陰から襲うやり方と、蜘蛛のように張り巡らした巣に獲物をひっかけ、静かに息の根を止めてしまう方法がある、など。正直に言って、事件の政治的な意味合いは理解しかねるところがあったのだが、不思議と文学的な描写はいきいきと本の中で蘇るのである。書籍の本当の価値というのは、こういうところにあるのかもしれない。