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何たる迷惑であることか!

独自の路線で生きています

2016年を振り返る-アイデンティティの崩壊

日常

  2016年は、とにかく「思いもよらないことが起きる」年だった。

 物心ついたときには既に居て、絶対に解散しないだろうと思っていたアイドルグループが解散したり、あの地震からたった5年しか経っていなのにまた大きな地震が起きたり、泡沫候補に過ぎないと思っていた男がアメリカの次期大統領に選ばれたり、とにかく変化が大きい年だった。

 

 そして私にとっては、転機の年となった。パートナーの転勤に伴って、新卒で入社した仕事を辞め、縁もゆかりもない土地に引っ越したのである。

 

会社員から無職へ

 変な話だが、私は社会人になる以前の記憶があまりない。大学も大学院も高校も中学も小学校も、時系列として地続きになっているはずだが、それらは社会人になって一旦ひっくり返ってしまった。社会人になって、仕事を始めてから、急速に人間としての自覚が変わった。それまで曲がりなりにも積み重ねてきたアイデンティティはぺらりと剥がれた。長い拘束時間や意味不明の社内ルールをひっくるめて、会社員になってようやく自分が責任を持てる存在として社会に認められたような、自分の輪郭が社会に担保されたような気がしていた。何となく、わたしは人生のレールに上手く乗れたような気がしていた。何は無くともこのまま会社員を続け、仕事をし続けているのだろうと。会社に都合の良いように自分を改変してしまった、といえばそこまでだが、私にとって受験よりも結婚よりも、社会人として職に就くことが最も大きな人生の変化だったのだ。

 

 とはいえ、わたしは仕事ができる人間とはとても言えない。視野の病的な狭さ、構造的な欠陥を思わせるケアレスミスの多さで、仕事をすることは神経を常にすり減らす苦行であった。(ここら辺の問題の原因は、おそらく言語性IQと動作性IQの差が50以上も開いているためであると思われる。それについてはまた別の機会に語るつもり)仕事上で大きなミスをやらかして同僚に迷惑をかけたことは数知れず。そして、挽回できぬまま、逃げるように職場を去ってしまった。そのことをずっと気に病んでいた。無職となり、知らない土地に来て、アパートの部屋に一人で座っていると、過去の出来事、ついこの間まで戦っていた職場がフラッシュバックする。電話を取らなければ、出社しなければ、席に座らなければ、働かなければ、働かなければ。何度も目をつぶって開けても、映るのはいつまで経っても見慣れないアパートの壁と鬱蒼と茂る山の木々だけ。もうわたしは二度とあの世界へ戻れないのだ。そう思うと苦しくて悲しくて申し訳なくて、本当に辛かった。

 

【無職の葛藤】

kinaco68.hatenablog.com

kinaco68.hatenablog.com

  

 対人関係療法で知られる精神科医・水島先生によれば罪悪感ほど自己中心的な感情も無いそうで、わたしは目の前の世界に集中できない言い訳に、過去の世界へ逃避していただけなのだ。わたしは、自分が無職になったことを認めたくなかった。アイデンティティを「会社員」という身分の中に固定し、会社と自分を一体化していたことに気付きたくなかった。いつのまにか、わたしは自分の人生を会社に預けてしまっていたのだ。

 

 会社という布団を剥がされてしまえば、そもそも輪郭が定まらない自分に吹き付ける世間の風はあまりに寒かった。自分は誰なのか。傍から見れば会社員の妻として、専業主婦の座に収まったお気楽な女に見えるかもしれない。しかし、本人の意識はまだ会社員、どころか戦闘員なのだ。戦争が終わって軍隊から放り出された兵士のように、わたしのアイデンティティは風に吹かれれば傷つき、小石につまづけば崩れた。自分が穴だらけになり、すかすかの脆い存在になった、と感じた。そんな風に自分がわからなくなった人間は、外から見ると隙だらけだったようで、危うく善意の第三者からネットワークビジネスの被害に遭いかけたこともあった。

 

地獄への道は善意で舗装されている】 

kinaco68.hatenablog.com

 

 ずっと職業に従事していた人間が、突然職を失ってアイデンティティの危機に陥ること。それは奇しくも荒海に放り出され、波の中を浮きつ沈みつ、遭難しているようであった。

最も辛かったころ、ジャストタイミングで山田ズーニー先生の、アイデンティティを巡る文章を出会い、一語一文をしみじみと読んだ。

 

なにか特別の事件が起きたわけではなく、

ちょっとしたきっかけから、

本人の能力や人間性に問題があるわけではなく、

むしろ、まじめに順調な人生を歩んできた人が、

自分と等身大の人間が、

ある日、社会的居場所を失い、

孤立してしまう。

 

「行く場所」にしろ、
「帰る場所」にしろ、

失ってしまったら、
それが、かけがえない居場所であった人ほど、
そこに居た期間が長ければ長いほど、

喪失感は大きく、
その大きさを一つですぽっと埋めてくれるような
「代わり」はすぐには見つからない

 そう、自分のアイデンティティを構成していた会社を失って、代わりのものなどそう簡単に見つかるわけがなかったのだ。

遭難生活を支えたもの 

 新生活が見ず知らずの土地で始まったことも相まって、私は無性に「安心したい」衝動に駆られていた。毎日が不安でいっぱいだったせいか、その頃は筋がわかっているものしか観たくなかった。ON AIRのテレビを見るのは(展開が読めないために)不安でしょうがなかったため、録画した古いアニメや録音済みのラジオを暗記するほど観たり聴いたりした。

 

 例えば、動画配信サービス「Gyao!」でたまたま流れていた「しろくまカフェ」にハマり、全50話をぶっ通しで観てしまった。(そして声優・櫻井孝宏に籠絡された)

しろくまカフェ cafe.1 [DVD]

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 また、村上春樹のエッセイ「遠い太鼓」をお守りとして持ち歩いていた。 おこがましくも、「常駐的旅行者」である作者と自分の置かれた状況を重ね合わせていたのだ。何は無くとも鞄に突っ込んでいたため、本はカバーが擦れ、ページがあちこち折れ曲がっていまった。本が汚れるほど、安心感が増すように思えた。

遠い太鼓 (講談社文庫)

遠い太鼓 (講談社文庫)

 

 

 上述の、山田先生のエッセイの中で、「暖をとる」という言葉が出てくる。冬空の下、ストーブや焚き火にあたってつかの間の暖かさを得るのに似て、確固たる居場所や人間関係が得られないとき、あちこちにゆるやかな安心できる場所を作っておき、ささやかでも心を温めること。私はアニメと本の世界に逃げこみながら、冷え切る前の心を必死で温め、新たな策を打つべく力を溜めていたのかもしれない。

 

無職から職業訓練生へ

 無職には一週間で飽きた。というより、自己認識がどんどん現実とずれていくことに耐えられなくなったので、ハローワークへ通うことにした。以前、ハローワーク職業訓練が受けられるということをphaさんの記事を読んで知っていたので、就職うんぬんはどうでも良く、何としても職業訓練を受けたいと考えた。炎天下、スーツを着てハロワに通うのは何となく戯画的であったが、とにかく予定を入れなければ、約束が無ければ、自分はどんどん駄目になるだろう、と考えて動いたのは我ながら良い策であった。

 

 わたしは8月下旬から職業訓練に通い、今は全体の3分の2が経過したところである。学生(訓練生?)は当初から一人減って5人。誰もが背中に貧困の口が開いているが、さりとて就活はしたくない、就職はしたくないけど金は欲しい、とにかく時間を稼ぎたい、そんな思惑が伺える素敵な仲間たちである。アクが強い。

 職業訓練の内容はものすごく楽しく、就職について新たな展望も開けてきた。何より、今まで知らなかった自分を発見できた。これだけでも、雇用保険を振り絞って定期券を買い、片道1時間かけて学校へ毎日通う甲斐があるというものである。

 

 未だ、わたしの遭難生活は続いている。しかし、今は新たな大陸が水平線の先に見える。あとはしゃにむに漕ぎ付けるばかりだ。新大陸の土を踏む足は、きっと一つの会社で会社員を続けていたときよりも、力強いとわかっている。