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何たる迷惑であることか!

独自の路線で生きています

【九州嫁日記】門司港レトロマラソンに参加しました

九州嫁日記

 2016年11月27日(日)に開催された、第34回門司港トロマラソンに参加しました。

 

第34回門司港レトロマラソン - 北九州市

 

走ることについてわたしの語ること

 村上春樹に憧れて、(気が向いたときに)走る生活を始めて5年目となる。

 走り始めたきっかけは、大学院時代にあまりに修論が書けず、研究室の机に向かうのが厭さの、いわば現実逃避の一環だった。何も書けないまま机を噛みしめるよりは、外に飛び出して筋肉と肺を酷使する方がよほど楽だったのだ。思い返せば何ともヒドいきっかけだが、マイペースに路上を走るのは性に合っていたらしい。学生時代は茨城の平野を、社会人になってからは都内の道路を、結婚してからは九州の大地を走り続け、早いもので5年の月日が経っていた。

 

 とはいえ、もともとがうつ状態の予防を目的に走り始めたので、向上心がまるでないランニングである。キロ7〜8分という驚異的に遅いペースで週に2、3回のろのろと走り、一度に4〜5km距離を稼げば喜ぶというささやかな走りを延々と続けている。調子に乗れば7〜8km走るが、未だ10km走ったことがない。フォームも気にしたことがなく、体幹が弱いために気を抜くと開いてくる脇を慌てて締める走りぶり。

 雨が降れば休み、寒くなれば休み、日が落ちれば休む。ごく稀に、清々しい晴れの中を走るときは多幸感に包まれるが、大体は特筆することもない、地味な運動である。ウェアはユニクロのUTを着古して、一年ごとに新作と取り換える。タイツと靴下はセールの時期にまとめ買い。唯一お金を掛けるのはシューズとブラくらい。夏は紫外線に怯え、冬は耳の痛みで半泣きの走り。同僚にも友人にも走る人間とはまるで信じてもらえない、何ともパッとしないランナーである。それでも、地道な有酸素運動が脳に与える影響は少なからずあったようで、走り始めてからこっち、大きな落ち込み状態が続いたことはない。針を蔵に積むようなパッとしない仕事でも、確かな効果はあったようだ。

kinaco68.hatenablog.com

 

 社会人になって以降、走ることはストレス解消の手段として、半ば強迫的に走っていた。年末、大きなリリース直前の繁忙期、22時まで仕事して0時に寝て5時に起きて、極寒の夜明け前をやけっぱちで走る、なんてことがよくあったのだ。 朝から雨が降る日は走れないので憂鬱になったものだ。我ながらアタマがおかしいと思う。まあプログラマ・IT系のエンジニアにはこういう人が少なくなかったですがね。みんなMなんだね

 

 しかし、九州に引っ越して暇な時間が出来てみると、今度は走ることへのモチベーションがどんどん低下するようになってしまった。社会人時代は自由になる時間がほとんどなかったので、走ることは貴重な現実逃避のチャンスだったのだが、いざ自由な時間をどんと渡されると逆に何もしたくなくなるという、何とも皮肉な結果である。

 

 生来強迫的な傾向があるわたしにとって、「走らない」こと自体がストレスになるらしく、走らない状態を続けることは精神衛生上よくなかった。しかし、自分一人で走るだけではモチベーションの低下を避けられない。そこで、初めてマラソン大会に参加することにした。自己の儚い意志に頼るのを辞めて、走り続けるために外部の力を借りたのである。

 

 ここまでが前置き。以下、門司港レトロマラソンの体験記となります。

 

門司港レトロマラソンについて

 門司港レトロマラソンは、毎年11月の最後の日曜日に開催される。バナナの香り漂う門司港の明媚な街並みを駆ける、お洒落な大会である。

 本大会には10km部門と5km部門があり、わたしは5km部門に参加した。本音を言えばへっぽこランナー未知の領域である10kmに挑戦したかったが、応募した時期が締め切りの3日前と遅すぎ、何とか5kmの定員に滑り込んだ。

 

 大会2週間前に、出場者のゼッケンと「計測タグ」(何となく蚊取りベープマットに似ている)が届く。計測タグは小さい樹脂プレートで、靴に取り付けるよう指示があった。おそらく内臓のICチップでタイムを計測するのだろう。大会出場経験がないのでわからないが、他の大会でもこういう工夫があるのだろうか?運営側の思いやりを感じる、良いアイディアだと思った。

 

 迎えた当日は、降水確率90%の期待を裏切らない雨模様。大会デビューが雨降りとは少し切ないが、とにかく会場へ行くしかない。一時間に一本しかない在来線のディーゼルカーを乗り継ぎ、最近止まりまくる鹿児島本線門司港駅へ到着。駅から徒歩5分の会場は、ランナー達でごった返していた。門司港レトロマラソンは総参加者3000人程度と小さめの大会とのことだが、自分以外のランナーをこれほど多く見るのは初で、少し感動した。なにせ、こちらはランニングを始めて以来、ずっとぼっちで走ってきたのだから。

 昨日から降り続いた雨で受付会場はくまなく濡れていた。荷物置き場のような設営テント内も例外ではなく、荷物を置く前にビニールシートを敷かなければならなかった。トイレを済ませ、いよいよスタート地点へ向かう。

 

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  スタート地点は、このところの寒さで紅葉が一気に進んだ街路樹の下である。空が青ければいっそう美しさが映えただろうが、雨に濡れても紅い葉、黄色い葉は綺麗なものだ。開始の合図と同時にバン、バン、バン、と花火が上がって(残念なことに雨でほとんど見えなかった)10kmの走者が一斉に走りだす。記録を狙う人、走りに自信がある人は前列、ゆっくり走りたい人は後列、仮装して走る人は最後尾からのスタート。東京マラソンのテレビ中継でしか見たことのない仮装ランナーが、現実を颯爽と走っていくのは面白かった。ほんとにいるんだ……

 

 我々5kmの走者は10kmの20分遅れで出走。早く走れる自信は無かったので、後列から走り出した。いつもは歩いているのと変わらないくらいの遅さで走るのだが、スタート直後は人で道がごった返しており、釣られて自分もスピードが上がってしまった。

 門司港駅前の赤煉瓦造りの街並みを抜け、神社の坂を登り、二つの踏切を越える。途中、降り続いた雨で大きな水溜りが出来ており、避けるのが大変だった。1kmごとに目印となるポールが立っていて、5kmの折り返し地点で前を走っていた10kmの走者と合流する。ここで一気に道を走る人数が増え、海を臨みながら跳ね橋を駆け抜ける。そのまま、海峡ドラマシップまでスパートをかけてゴールイン!

 

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 完走後、会場前ブースで自分のゼッケン番号を見せると、記録・順位付きの完走証を贈られる。記録は30分59秒で、18〜35歳女子114名中32位。キロ6分の壁は破れなかったが、日頃てきとーに走っていたにしてはイイ成績ではないかと思う。キロ5分台到達への道は、今後の課題である。

 

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 ゴール後、会場では門司港名物「バナナの叩き売り」の実演が行われていた。黄色い法被にねじり鉢巻きのおっちゃんが見事な河岸声(?)でバナナの山を売り捌いていく。売り文句に歌うような独特の節回しがあって、聞いていて楽しかった。

 

反省点

 初めての大会参加、そして雨の日コンディションという条件が重なり、準備不足を痛感する結果となった。

 

  • ゼッケンをTシャツに着けた上にウインドブレーカーを羽織ったので、ゼッケン番号が外から見えなくなってしまった。雨対策をするなら、Tシャツの上に透明な雨合羽かビニール袋を着ておくべきだった。
  • 雨対策として、キャップが役に立った。キャップを被っていれば顔はほとんど濡れず、視界も確保できる。キャップを被った上で、胴体を雨合羽やウインドブレーカーで覆っておけば濡れて冷えることはない。靴も濡れたが、下半身の冷えは気にならなかった。反面、ランニンググローブは安物を買ったため防水性が無く、スタート待ちの間に雨に濡れて手が冷えてしまった。雨の日のレースでは、ランニンググローブはより性能の高いものを買うか、はめないのが無難。
  • 雨に濡れるだろうとメイクは最低限にしたが、前述のようにキャップを被っていれば顔が濡れないので、もう少しきちんとしたメイクをすればよかった。
  • 大会の冊子を見ればわかるように、多くの人が複数でレースに参加していた。職場の同僚同士で参加するのはもちろん、ランニングクラブに所属しているランナーがほとんどの中、ぼっちで参加する侘しさを痛感した。走った後、皆で飲むビールは美味かろう。この5年、ずっとひとりで走るものだと思っていたが、仲間と一緒に走るのも楽しそうだ。今度レースに出る時は、何かの団体に所属して参加したいと思った。
  • 毎日の練習において、走った距離を正確に意識しておくことが重要。わたしの場合、自分が意識している距離感と、実際に走った距離にかなりの乖離があることがわかった。今回のような距離の短いレースでは、スタートからゴールまでほぼ全力疾走で走り抜くため、「もう3kmは走っただろう」と思っていても、実際の距離は1kmに満たない……という悲しい事態に何度か陥った。ランニングはフィジカル以上にメンタルが大切なのだ。

  

まとめ

 実のところ、諸事情で練習がやりづらくなったこともあり、最近はマラソン大会出場を予定していても、ランニングへのモチベーションは下がる一方だった。一旦走るのは止めて、別のスポーツに転向しようかと考えていたくらいだ。しかし、今回のレースに出て、改めて、というか、初めて多くの人とひとつのゴールを目指す喜びに触れたと思う。ずっとレースに参加したいと考えていて、ようやく一つ達成した。学生のころ、無力感に追いつかれぬよう走った。会社員になって、歯車の痛みを征服するために走った。それら地味な地味な一歩は、すべて無駄ではなかった。小さい一歩でも、わたしの人生で大きな達成となったことを、恥ずかしながら誇りに思う。

 

 

 個々のタイムも順位も、見かけも、すべてあくまで副次的なことでしかない。僕のようなランナーにとってまず重要なことは、ひとつひとつのゴールを自分の脚で確実に走り抜けていくことだ。

(中略)

 もし僕の墓標銘なんてものがあるとして、その文句を自分で選ぶことができるのなら、このように刻んでもらいたいと思う。

村上春樹

 作家(そしてランナー)

 1949-20**

 少なくとも最後まで歩かなかった

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

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