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何たる迷惑であることか!

独自の路線で生きています

自由人的せいかつ(三ヶ月め)

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  日帰り温泉に行ったら、偶然ハニワに出会ったので思わず激写。ハニワはロマンだ。

 

 2016年9月〜10月の振り返り。

 

職業訓練に通い始めた

 ハロワで勧められた職業訓練に通い始めた話。

 私が通っている訓練は、ずぶの素人がHTML&CSSのようなWeb系プログラミング言語を半年間勉強して、最終的にWord Pressでショッピングサイトを作ることを目的としている。商品画像がスライドショーで展示され、計算機能付きのショッピングカートを備えたサイトである。扱う言語はHTML4.01、CSS2、JavaScriptPHPなど。プログラミングだけでなく画像編集もやる。また、IT系の基礎知識を身につけるため、実技と並行してITパスポート試験相当の勉強も行う。

 

授業について

 前職でIT業界に居た私にとって、授業の内容はかなり易しい。業務でCとJava、ときどきCOBOL(!)というクラシックな世界に居たので、HTMLのラフさには驚かされた。CやJavaのようなシステム内部で動く言語は、頑張ってコーディングしてもなかなか成果が画面に現れるものではない。その点、書けば書いただけ目に見える成果が得られるWeb系言語とのお付き合いはとても楽しい。プログラミングの才能があるとは到底思え無い私だが、コンピュータの中の小人さんに命令できる技術を身につけるということは、新しい世界へのパスポートを手にいれることなのだ。例え欠片ほどのプログラミング技術であっても、あると無いでは雲泥の差がある。毎日プログラミングが出来て、毎日新たな発見がある生活は幸せである。

 

 社会人経験を経た上でもう一度学生になってみると、勉強への意識がまるで変わったと思う。前職ではやたらと多くの資格を社員に取らせたがる風土があり、数ヶ月に一度はなんらかの試験があった。そもそも毎日の業務で手一杯なところに上からやれと押し付けられる勉強ほど苦痛なものは無く、かといって命令されたことを無視できるほどの意気地も無かったので、いきおい最低限のことだけを一夜漬けで覚えて、ぎりぎり合格ラインに滑り込むための勉強となっていた。仕事が終わった21時過ぎ、会社近くのカフェでサンドイッチと紅茶片手に机に向かう日々が、二か月に三日間ほど定期的に発生していたことを思い出す。ただ、環境の力とは偉大なもので、無理やりでも机に向かって勉強する、という習慣が社会人になっても定着したのは大きな助けとなった。(ひとたび社会に出ると、学生時代に培った勉強の習慣を自ずから捨ててしまう人は珍しくない)結局のところ勉強には頭の良さはあまり関係無くて、技術としての勉強法を身につけておくことが大切なのだけど、残念ながらほとんどの学校ではそういう事項を教えてくれない。そういう意味では、どんな経験も無駄にはならないことを体感することとなった

 しんどい時期は、一日一日をやり過ごすのに手一杯で、直面している苦しみに意味を見出せないことが多い。けれども、後から見れば苦しんだ時期に培った術が大きな助けになることもあったりする。苦しい時期は、実は後の人生への宝を積んでいる期間なのだ……まあ、そんなことなかなか思えるものじゃないですけどね。

 
支援サービスとしての職業訓練について

 前の記事でも書いたが、私が受講している職業訓練は、「求職者支援制度による職業訓練」である。これは、基本的に雇用保険が適用されない求職者に対する支援であり、前職を雇用保険が発効する期間を満たさずに退職した人や、求職中であるがなかなか職が見つからずに、一年以上過ぎてしまった人を対象とした訓練なのだ。私のように退職後、とにかく早く職業訓練を受けたくて求職者支援に飛びついた者は例外である。経済状況によっては、訓練を受けることで国から給付金を受給することも可能である。私のクラスでは学生の半数以上が給付金受給申請をしており、申請の度に煩雑な手続きをこなしている。 

 

 雇用保険を受給する時は、月に最低2回は所定の求職活動を行い、かつ指定された日(認定日という)にハローワークへ来所して、求職実績を報告しなければならない決まりがある。最寄りのハローワークが住居から遠い者にとって、これは結構な手間になる(なので、一刻も早く就職して欲しいのが国のお気持ち)。更に、求職者支援制度による職業訓練を受けていると、約1ヶ月に一度「指定来所日」という強制的にハローワークへ来所して、就職状況を報告する義務がある日が発生するため、ハローワークを訪れる日が増えてしまい、かなり面倒である。そもそも、雇用保険受給期間内に公共の職業訓練でなく、求職者支援訓練を受けるイレギュラーが存在することをあまり想定していないのだろうね。

 

 可能ならば、私も公共の職業訓練が受けたかった……が、地域の需要的に私が受けたいコンピュータ系のカリキュラムは公共では無さそうだった事と、退職してから次のアクションまで間を開けたくなかった事、何よりも会話に飢えていたので、とにかく人に会いたいという衝動が訓練受講のモチベーションとなった。幸いにして、講師の方々は非常に優秀であり、授業を受ける上で困った事は何もない。その辺りは恵まれている。

 

人間関係について

 クラスメイトは、いくらか個性的な面々、だと思う。10人足らずのクラスだが、年齢層は20〜60代まで幅広い。私の席はクラスの一番後方にあり、クラスメイトの背中が良く見える。例えば、主に飲食関係の職を転々としつつ、シフトを新台入替に合わせて朝から並ぶのが何よりも楽しみであるひと。生き物が好きで、捨て猫を次々と引き取っていったところ、家が猫屋敷となってしまい、猫のために生活を構成していったところ、定時のある仕事には馴染めなくなってしまったひと。天使のように心が綺麗なために新興宗教もマルチ商法も遍く受け入れてしまい、悪意なく周囲の人間に広めてしまうひと。30年務めた不動産の営業職を早期退職し、一念発起してコンピュータの世界に身を投じるひと。かと思えば、何故仕事を辞めたのか、全く想像できないひと。皆、それぞれの事情と都合を背負って、机に向かっている。

 

 昔、上司に「人間関係の軋轢こそ個人を成長させる」的な話をされたことがあるが、今現在もそれを実感している。人間同士、合わないのが当たり前、そこを何とか折り合わせるのが大人というものなのだろう。

 

本をいっぱい読んだ

 職業訓練校のすぐ近くに大きな図書館がある、という夢のような環境を享受している。今月もいっぱい本を読んだ。

 

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

 

  「ヨーロッパ広しといえども、執事はイギリスにしか存在しない」。第二次世界大戦を挟んで、滅びゆくひとびとの最後の輝きを描く。カズオ・イシグロの抑制のきいた文体が心地よい。

 

サイコバブル社会 ―膨張し融解する心の病― (tanQブックス)

サイコバブル社会 ―膨張し融解する心の病― (tanQブックス)

 

 うつ病は、明るい病気になった。症状のことではない、病気に対する偏見がなくなった、という意味である。うつ病を診断書に明記することはもはや恥でも恐怖でもない。うつ病に効く薬が開発され、うつ病は治る病気となった。反面、本当はうつ病ではないものまで、「うつ病」として扱われるようになってしまった。うつ病のバブルが始まった。