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これからの「自信」の話をしよう-永田カビ「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」感想

トピック「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」について

 

 

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 

 

 以下、永田カビ著「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」をKindleで購入、読んでの感想です。

 発売から2週間にして、Amazonコミック売り上げランキングで5位を獲得したこの作品。すでに多くのレビューが寄せられています。

 本レビューでは、「自信」をテーマにこの本を読んだ感想を述べます。

 

【感想】

 

自信は全てのエネルギー源

  作中で、著者の分身たる主人公は高校を卒業後に大学を中退し、その後はアルバイトを始めるも続かず、様々な精神症状に悩まされるようになります。バイトを転々とし、やがて意欲を失い、実家に引きこもってしまいます。

 とはいえ、引きこもる実家はまるで安全な場所ではなく(理由は後述)、ついには自殺を企図するようになります……ここで、

 

「なにくそ!こうなったらやけくそで 立ち直るべくあがいてから死んでやる」(本文25ページ)

 

 

と開き直り、周囲の意見ではなく「自分が本当に欲しているものはなにか」ということに正面から向き合い始めたことで、彼女の人生は開かれるのでした。

 

 とはいえ、彼女もただ漫然とバイトを始めては辞めることを繰り返していたわけではありません。数年単位で続いたバイトもありますし、業績を挙げたことも少なくありません。しかし、最も認められたい相手である両親、特に彼女の母親は彼女のがんばりを認めることは一切ありませんでした。いくら業績を挙げても、正社員になるべく就職活動をしても、常に親の態度は「全否定」でした。唯一、自分がやりたいと思い、続けていることが漫画を描くことでしたが、たとえ周囲の人々が漫画の才能を認めても、親だけは彼女の漫画を認めることはありませんでした。

 

 なぜ、人は朝起きて会社に出勤できるのか、また出勤し続けられるのか。それは、出勤することで目に見えない報酬(本文では「甘い蜜」と表現)を得ているからである、と著者は考えます。

 仕事を通して周囲の人々に認められ、自分という存在を認識すること = それは、自分に対する自信を持つことに他なりません。自信こそが、全ての行動のエネルギー源となるのです。そして、残念なことに、自信は自分一人で作り出すことができず、相手がいて初めて持てるものなのです。仕事をしてもそれを誰かに認めてもらえなければ、誰も仕事などしないでしょう。死に瀕する事態に追われてでもいない限り、自分のためだけには人間は動けない生き物であるようです。

 

 彼女はレズ風俗 = 広義でいえば他者との恋愛 に踏み出すことで、自信を得ることができました。結果的に、自信は自分の心と正直に向き合うことでしか得られないものでした。

 

本音は必ず隠される 

 本を読めばわかるように、著者の家庭環境は寒々しいものです。血の繋がった家族であり、住む場所などは提供してもらえるものの、家族同士の心の交流は(少なくとも本文から読み取れる限り)無いようです。

 

 子供の心を平気で踏みにじる親と、心身ともに虐待されながらも実家から出ていけない子供---実のところ、こういう家庭は珍しくないように思います。著者の家庭を「毒親」とレッテルしてしまうことは簡単ですが、どんな親でも「毒」の要素は持っている、というのが私の持論です。

 そもそも、いつの時代であっても「親からきちんと育ててもらえた」子供は珍しい存在なのではないでしょうか。完璧な人間がいないように、完璧な親も存在しません。どんな親にも事情があり、立場というものがあります。如何に円満な家庭に育ったとしても(そんな家庭がもしあればですが)、子供は必ずなんらかの歪みを抱えて成長するように思います。

 なので、「自分の育てられた環境には問題があった」と思える人は、「親の子育てには問題がなかった」「親に対して不満など持っていない」と思う人よりも健全であるように感じられます。なぜなら、本当の意味でも弱みや願い、つまるところ本音は常に隠されるものだからです。

 

 親への不満や、悪口を言うことは親不孝であるとしてよく批判されますが、そもそも自分と同じく不完全な人間である親に対して、不満を持たないほうがおかしいのです。「実は親にこれをされて辛かった」「自分には別にやりたいことがあったのに、親に強要されて仕方なく諦めた」などの事実を認めることが、自分に自信を持つ第一歩であるように思います。(抵抗はあると思いますが)

 

 私見ですが、成長していく過程である種の壁(うつ病自傷摂食障害などある種の精神疾患)にぶつかったとき、一時的に「自分は被害者であり、自分がいま苦しんでいる原因は100%親のせいである」と怒り、憎むことは成長段階のひとつであり、大きな勇気であると思います。むしろ、病気の克服、ひいては精神の成長のために必要な儀式であるとさえ感じています。

 憎むこと、許せないと責めることはとても辛いことです……とりわけ、相手が自分の親である場合は。親を嫌いになりたい子供はいません。だからこそ、親への不満は隠されるのです。親しくなっても、自分の親の話を絶対にしない人はたくさんいます。時に、あまりにも怒りがひどくなって、直接親にぶつけたい、謝罪させたいと感じることもあるかもしれません。ただし、親から謝罪を引き出せるとは限りません……逆に親との関係が悪化することもよくあります。

 

 ただ、人間は勝手に進歩する力を持っているので、一時的に恨みに囚われたとしても、いずれは被害者意識から脱出できます。自分の中に親への不満や怒りが恨みとなって沈んでいることをきちんと認められれば、それは大きな進歩なのです。(こじらせると一生被害者意識から抜け出せない人もいるけどネ)

 

表現できない闇に光を当てた作品

 言いたいこと、伝えたいことはあるのに、表現する術(絵や漫画、文章など)が無く、内側にマグマのような鬱屈を抱えている人は、あまりにも多いです。もちろん、私もその一人でした。そして、この本はそのような人たちの闇に、光を当ててくれたように感じました。

 

 卑見ですが、実のところ、表現ができないのは技術が無いからではなく、自信が無いからであるようです。その証拠に、自分の欲望と正面から向き合うことで自信を得た主人公は、表現に対する気負いがなくなり、「自分の作品をもっと読んでほしい」と素直に感じられるようになります。結果的に、彼女の漫画家としての道はこの作品を描き上げたことで、すーっと開けたのでした(本作は早くも第3刷が出版されたようです。重版出来!)。

 

 努力して、成果が上がったから自信が持てるのではなく、自信があるから努力ができるのでした。

 

 読み終わって、トンネルを一気に駆け抜けたような爽快感を感じながら、内側にぽっと火が灯るような温かさを感じられる作品でした。pixivで無料公開もされていますが、ぜひ一冊の本として読んでほしい作品です。

 

 

【ちなみに】

 書評の中でやたらと「自信」という言葉を使っていますが、この場合の「自信」は水島広子先生の著書にある意義です。「自信」の有無が人生の質を如何に左右するか、ほんとうの自信を持つためにはどうすれば良いか、この本が参考になりました。

 

小さなことに左右されない 「本当の自信」を手に入れる9つのステップ

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自己肯定感、持っていますか? あなたの世界をガラリと変える、たったひとつの方法

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【余談】

 それにしても、本作といい吾妻センセイの「失踪日記」といい、イースト・プレスはニクい出版をしてくれますね。これまた名作を世に出してくれたもんだ。

失踪日記

失踪日記

 

 

【さらに余談】

 

 この本について、ホリエモンこと堀江貴文氏が書いた書評を読みました。

honz.jp

 

 書評の中で、

しかしレズ風俗に行くまでの前置きが長い。ものすごく長い。

正直こんな摂食障害とかなったことない身としてはさっぱり理解はできない

「普通の生活」「親や先生、周りからの承認欲求」を意識しすぎて、普通の人になれない作者はうつや摂食障害になってしまう。

 

 と書いてあって、「まあホリエモンならそう思うだろうなw」と。

 才能とは他者との「差異」であって、どうしても皆と同じようになれない「差異」を上手く活かせれば大きな力となることもあるけれど、普通に混ざれないことはとてつもない孤独を抱えることでもあって、 孤独に耐えるには自信が要る。自信を当たり前に持っている人もいれば、自信が無いことを認めることから始める人もいる、ということなのでしょう。