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何たる迷惑であることか!

独自の路線で生きています

意地と涙の「はなやぎかい」

 縁もゆかりもないけれど、玄人の世界になぜか惹かれてしまう。

  

 最近、スマホでネットを見るとバナーに出てくる「親なるもの 断崖」を試し読みしたら、漫画の壮絶さは去ることながら、花柳界への想いが再燃してしまった。 

 試し読みだけでも、発展途上国日本のどん暗さをまざまざと見せられる。絵が綺麗で、綿密に調査がしてあるため迫力は尚更だ。是非購入したいが、電子書籍サービスに月額登録する踏ん切りがつかない・・・

親なるもの断崖 第1部 (宙コミック文庫)

親なるもの断崖 第1部 (宙コミック文庫)

 

 

花柳界へのあこがれ

 中学時代の愛読書は宮尾登美子全集だった。(ちなみに高校ではシェイクスピアに狂った)

 昭和初期〜戦後まで、四人の仕込みっ子を巡る「寒椿」を皮切りに、

寒椿 (新潮文庫)

寒椿 (新潮文庫)

 

 

 「芸娼妓紹介業」-つまりは女衒の家に生まれた娘の鬱屈を描く「春燈」、

春燈 (新潮文庫)

春燈 (新潮文庫)

 

 栄華を誇った楼閣を花弁、薄幸の芸妓を花芯に据えた「陽暉楼」と、

陽暉楼 (文春文庫)

陽暉楼 (文春文庫)

 

 

自伝的意味合いを持つ宮尾小説の「芸妓もの」を貪るように読んだ。

「一絃の琴」や「序の舞」などの女の仕事ものも良いけれど、「春燈」〜「仁淀川」までの自伝的小説は実際に作者の体験してきた事柄のためか、文体から香り立つ空気が違うように思う。湿度があり、ぬくもりがある。行間の先に表情が見える。


 今は著者の出世作 「櫂」を再読している。

櫂 (新潮文庫)

櫂 (新潮文庫)

 初読時は夫婦の機微もわからぬ人間だったから、ただ話の筋をなぞり、「娘義太夫」とはどのようなものか想像するくらいだった。

実際に人を愛するようになって、読み進めるのが辛くて辛くてたまらなかった。 引っ込み思案で不器用な嫁の喜和は、女衒の夫に翻弄され、息子は病気で失い、あまつさえ他の女との間に産まれた子供を養育する憂き目に遭う。

 女に社会的地位も経済力もなかった時代。どれだけ家庭に貢献していようと、一旦男に飽かれればふいと捨てられる、その身のなんと寄る辺のないことか。

 それは花に柳の世界でも同じで、いかに権勢を誇った妓であろうと、旦那が離れればそれまで。システムとして、男に依存してしか生きられない地獄が遊郭の裏にはある。

  しかし、終盤で彼女の生き方はコペルニクス的転回を起こす。家を出され、選り好みせず店屋で働くうちに、本当の意味での自立を果たすのだ。


 それは、「仁淀川」にも引き継がれる爽やかさだ。

仁淀川 (新潮文庫)

仁淀川 (新潮文庫)


 自立こそ、虐待と侮蔑の地獄から逃れる最大の報復だ。そして自立は、誰にでも出来る。今は気付いていなくても。