何たる迷惑であることか!

独自の路線で生きています

嗚呼引っ越し

 引っ越しがキライである。

 引っ越しの何が厭かといえば、「準備」の多さに尽きる。荷造りはもちろんのこと、電気ガス水道ネットの開通、テレビの契約、転居届けの提出まで、ぜんぶ自分がやらなければいけない。

 それまで当たり前に存在していた生活を一つずつ分解して、新たに組み立てるための準備。21歳で摂食障害→うつスペクトラムのメンバー入りを果たした私にとって、「手間のかかる作業」を「自発的に」行うことなど、考えただけで筋肉ががちんと固まり、一寸も動かなくなってしまう。
 「やらなければならないことが膨大にある」時に吸い込む空気の重いこと。これはもう、うつの世界に足を突っ込んだ人にしかわからない。

 とりわけ、一人暮らしをしていた時の引っ越し準備は悲惨だった。学部生時代に住んでいた部屋は、リビングが8畳+キッチン別、ロフト付きという一人暮らしには広すぎる部屋だった。これは無尽蔵の倉庫を与えられたようなもので、4年間をその部屋で過ごした結果、リビングにもロフトにも段ボールの地層が形成され、一人でそれを片付けるのに一週間かかった。

 …正直に言うと、一週間では荷造りは終わらなかった。引っ越し当日の朝5時から作業しても終わらなかった。8時に来る引っ越し業者を一度追い返して10時に来てもらった。あの時の業者さん、本当にごめんなさい。

 (そういえば、あの頃は東日本大震災が起こった直後だった。学部から大学院は別の大学へ行ったのだが、震災の影響で大学院のアパートが閉鎖され、一時的に実家に荷物を運び込んだ。4年間の自由は膨大すぎる荷物を副産物として生成しており、家族から顰蹙を買った。)

 震災から2ヶ月近く、ゴールデンウイークのころにようやくアパートへの引っ越しが完了し、実家の冷たい目から逃れることが出来た。が、引っ越してみれば部屋の内壁は剥がれているし、水は飲めたもんじゃないしで、これもまたパンチの効いた生活であった。

 考えてみれば、自分で引っ越しの準備を何もかも行うのは、この時が初めてであった。初めての引っ越し経験があまりに悲惨だったため、その後の私の買い物は「軽い」「かさばらない」「迷ったら買わない」の三点を最重要視している。何を買うにも、引っ越しの荷造りが頭をよぎる。ひとりぼっちで黙々と段ボールに押し込む姿が目に浮かぶ。一人で引っ越し作業するのは惨めなばっかりだ。

 それでも、人生で引っ越しを避けることは出来ない。昨日は別の市へ引っ越しをした。二年ぶりに遭遇した引っ越しであった。削りに削った自分の荷物は小段ボール3箱で収まり、心からほっとした。

 たった10km離れた部屋から部屋への引っ越しで、この世の終わりみたいな気持ちになってしまうのだから、海外への引っ越しなんてどうなるのだろう?

 でも、家人は転勤族なのよね。


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  海外の引っ越し経験のほうがはるかに多いであろうこの方も、引っ越し準備はユーウツだそうです。

 それこそ飛行機に乗るトランクを詰めるのでさえイヤ!でもわたしは行かなきゃ! わたしの心の兼高かおるが呼んでるざます!

 
 兼高かおるせんせいは、ミステリハンターの先駆けだったんだなー